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あこがれ2012/11/13 21:50

何と無く思った事。

 古流は拝一刀のように・・・力強く大胆に、
 制定居合は眠狂四郎のように・・・冷静に正確に、
 人生は三沢伊兵衛のように・・・奢らず誠実に、

そんな人間に私は成れるだろうか・・・?

・・・・

其々、自分の中にあるイメージだけなので、実際?の人物像とかストーリーは関係ありませんのでご了承を。

ちなみに上記のキャラクターは、

 拝一刀は、映画やドラマは見たことが無いので劇画版
 眠狂四郎はテレビドラマの片岡孝夫(田村正和でも可)
 三沢伊兵衛は、映画の寺尾聰

をイメージしています 。

(2012/11/15 加筆しました)

無気力試合2012/08/14 16:32

 長かったロンドン・オリンピックも閉会しましたね。

 自分は特に気合いを入れて見ているスポーツも無いので、テレビを付けた時にやっている競技を見る程度だったのですが、それでも、どんな競技でも見始めるとつい引き込まれて見入ってしまいました。

 今回のオリンピックでちょっと気になったのが、「無気力試合」と「戦略としての試合放棄」のあり方についてでした。

 確かにバドミントンの無気力試合は、スポーツ其の物の否定とさえ言える酷い物でした。

 しかし、オリンピックがその競技において金メダルを取ることを至上の目標とする一つのゲームとするならば、次の試合を有利に運ぶ為に全体の中の一試合で、わざと負けたり引き分けを狙うのも一つの戦略なのかも知れません。

 理屈では「そういう戦略も有りうる」と思えても、やはり、心ではそれを認める事が出来ない自分がいます。

 なぜなら、金メダルを取ることは目標であって、目的ではないと思うのです。

 金メダルを取ることだけを目的とするから、本来の競技とは関係ない所で戦略があったり、駆け引きや工作が行われるのではないでしょうか。

 金メダルを取る為の手順として試合がある訳ではなく、全ての試合に勝ち残った者に栄誉として与えられるのが金メダルではないかと思うのです。

 そう考えると、わざと負けるという選択をした選手がたとえその後勝ち進んだとしても、その選手に金メダルが相応しいとは思えないのです。

 こういう考え方はすごく青臭い物かもしれません。
 今や商業ベースで動いているオリンピックで、このような考え方は甘いのかも知れません。

 でも、我が身に置き換える時(オリンピックより数億分の一のスケールではありますが)、勝つ事を目的とするのではなく、自らの最高の演武を行いその結果として勝ちを得れる、そんな試合をしたいと思うのです。

自己紹介2008/04/10 22:57

 居合を始めてもうすぐ2年になるおっさん剣士です。

 思うところがあって居合を習い始めたのですが、想像以上にハマッてしまい、それまで趣味としていたものを全て放り出して居合に熱中しています。

 元来飽きっぽい性格で、何事も半年以上は熱意が続かなかったのに、こうして毎週稽古に通っている自分に、自分が一番驚いています。

 このブログでは居合をメインに、その他の趣味の事、日々の出来事等をつづっていこうと思います。